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マザーフレンド


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最近僕は、
1週間のほとんどを20年間生まれ育った家を,
少しだけ離れたもう1つの家で暮らしている。

もちろん、互いの家はそう遠くはないので「実家」にもよく帰る。

ただし、実家から仕事先は遠いので、
もしも帰れば次の日の朝、起きるのが辛い。

「実家。」

今日母と夕飯を食べながらしゃべった僕の言葉の中に、
ふと、「実家」という言葉がまざった。

すると、
「ついにアンタにもこの家が実家と呼ばれるようになってしまったかぁ」
と、母は少し遠くを見ながらため息をついた。

姉は何年も前、早くに結婚し広島にたち、
父は数年前から祖母の介護で田舎へ帰りっぱなしだ。

その上僕がそういうことになれば、
一人で住むには広すぎる家で、
母はほとんどひとりきり。

バブルの影響をモロにうけ職を失った時も、
命にかかわる手術をしたときも、
母はどんな苦難にも弱音を吐かなかった。

本当は1人で少しは寂しいハズなのに、
そのため息の後にも強がりの笑いをいれ、
そんなそぶりは見せない。

僕がたまに優しさをみせても
「あー雨が降るわ」
と笑われるので、逆に小恥ずかしくなる。

だから僕は、
大人になってからも
表だって優しさをみせるようなことはしない。

誕生日をわざと忘れたふりをして次の日にプレゼントを渡してやったり、
頼まれごとをすれば必ず嫌味をこぼしてからしてやったり。
また、
夜中時間をかけてはしょっちゅう母に顔を出すものの、
お金がないから帰ってこなしゃあないんやと言い訳を作って、
本当は帰って来なくても全然寂しくはない、とぼやいたり。

いつもそんな冷たい態度をとる。

もちろん毎回、
冷たい態度で返される。

今日、そんなく母の目にも
ほんの少しさみしさの色がにじみ出ていたけれど
やっぱり僕は今まで通り冷たい態度をとるだろうし、
母も冷たい態度で返すだろう。

すでに60を越える母の方が、
きっと先に逝くんだけれど、
きっとその後、
今優しくしとけば良かったと後悔するんだけれど、

やっぱりその時までは、
二人とも、
今のままなんだろうなと思ったり。

二人の性格上、
無理に優しくするよりは、
かえってこの方が一番良い距離なんだと。

きっと、
冷たさのなかにあるほんの少しの暖かさは、
きっとお互い伝わってると思うから。






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